平成25年度
下坂本清合遺跡
 
 
2013年11月5日

鎌倉時代の調査が終わり、その下層、さらに古い時代の調査へと移ります。
しかし掘れども掘れども砂・スナ・すな・・・、あ、土器が出た!という具合。
今掘っているのは奈良時代に流れていた川の跡です。



2013年10月21日

今日は現場の休憩時間を利用して、一緒に働いている作業員の皆さんのためのプチ現地説明会を開きました。
私たちの説明に、皆さん熱心に耳を傾けてくださいました。

 



2013年10月19日

遺跡の現地説明会を開催しました。
秋の行楽シーズン真っ只中の快晴の休日、お客様に来ていただけるものかどうか不安がありましたが、80名を超すお客様においでいただき、押すな押すなの大盛況でした。
ありがとうございました。


2013年10月18日

ラジコンヘリコプターを使って、遺跡の航空写真撮影をおこないました。

ヘリコプターには写真用のカメラとビデオカメラが搭載されています。
ヘリコプターから送られてくる映像を見ながら、写真のアングルを決定するのですが、ずっとモニターをのぞいていると、乗り物酔いします。
 
2013年10月15日

鎌倉時代の川の跡の、土層断面の写真を撮影しています。
横に長すぎて一度に撮影できないので、細かく連続撮影して、後でつなげてパノラマ写真風に仕立てます。


2013年10月3日

高い歯の付いた下駄がひっくり返った状態で出土しました。縦に真っ二つに割れています。鼻緒を通す穴が開いています。この画像ではわかりづらいですが、下駄の歯は足を乗せる台とは別の材で作られていて、台の裏から差しこまれています。歯が抜けないように表からクサビが刺してあります。鎌倉時代のものです。

 
2013年10月2日

88日に続いて、2点目の人形が出土しました。
今度の人形は全長51cmと、前回の2倍以上の大きさです。
頭が欠けていなければ、もっと大きかったでしょう。足はすらりと長く、若干ガニ股気味です。絵や文字は描かれていませんでした。



2013年9月25日

指先にのせた小さなかけらは、昔の中国(宋)で作られた白磁という焼き物で、合子(ごうす)という蓋のある小さな容器になります。
鎌倉時代当時の舶来高級ブランド品ですね。

 


2013年8月29日

高所作業車を使った、遺跡の写真撮影です。地上22mの高さまで昇ることができます。
今日は風が強くてスリル満点でした。











北東側から、鎌倉時代の川の跡を見下ろしたところです。地面の茶色の帯が川の範囲で、川幅は約30mあります。
一緒に写っている人やベルトコンベアーの大きさから川の規模がわかりますね。


2013年8月8日

穢(けが)れを祓(はら)うまじないに使われた人形(ひとがた)が出土しました。全長23cmで、腕の表現は省略されています。
おかっぱ頭?の横顔が描かれています。ひっくり返した反対側に描かれていたのも、やはり横顔でした。

 
2013年7月17日

青い骨が出土!!
といってもれっきとした動物の骨です。
牛か馬の脚の部分と考えられ、鎌倉時代の川の跡からたくさん見つかっています。
これは日本各地で古代から近世にかけて、水辺で行われていた、牛や馬を水神へのいけにえとする雨乞いのまつりの跡の可能性が考えられます。

さて、本来白いはずの骨が青色をしているのは、藍鉄鉱という鉱物のしわざ。骨の中で結晶化した藍鉄鉱が、空気に触れて青くなるのです。
ちなみに骨はもろくなっているので、取り上げる前には樹脂を塗って固めます。

2013年7月10日

掘立柱建物跡の柱穴の底から、鎌倉時代ごろの土器の皿が出土しました。建物の解体後におこなわれた、地鎮のまじないのようです。
土地の神様に、お神酒をささげたのでしょうか。
 
2013年7月5日

黒っぽい、だ円形の広がりが現れました。長さは1m、幅は50p、厚さは2pくらいです。
よく観察すると、腐りかけた植物の葉や茎で、稲モミも混じっていました。刈り取った稲を束ねて横たえた跡か?とも考えました。でも稲モミのある位置は不揃い・・・。ただ今検討中です。
ほかにはどんなものが混ざっているのか、今後分析を予定しています。

2013年6月29日

調査区の西側に広がる平らな面を調査していると、平行に並ぶ細くて浅い溝がいくつも現れました。鋤などで田んぼや畑を耕したあと(耕作痕)です。溝の方向は北西から南東に向いています。
現在の田んぼの向きは東西方向ですし、また近年行われた圃場整備の前の田んぼの向きは南北方向です。
見つかった耕作痕の向きはそのいずれとも異なりますから、さらに古い時代のものだと考えています。
 
2013年6月3日

川底近くの泥の中から直径34p、厚さは1pほどの半円形の板が出土しました。鍋の蓋が割れたものかと思われます。
破れ鍋に綴じ蓋!ひょっとしたらこの蓋に合う鍋も出土することがあるかも・・・。

2013年5月27日

川の中からは様々な遺物が出土しています。
この壊れたお椀は漆器です。内側外側とも黒い漆で塗られていて、ふちのところに花の模様が朱色で描かれています。
人々が日々の生活で使う器として漆器が庶民の間でも広く使われていた中世(おもに鎌倉時代〜室町時代)頃のものだと思います。
なかなかセンスのよい食器を使っていたのですね。

 
2013年5月21日

調査区の中央にもトレンチ(試し掘りの溝)を掘り、地層の重なりを確かめました。
1mくらい掘り下げると、直径10pくらいの丸い川原石の詰まった層に当たりました。この層は、現在では遺跡の東側を流れている河内川の川床。なんと昔はこのあたりを流れていたこともあったようです。
川原石に混じって、川に流されて角が取れ、すべすべになった土器片も出土しています。

2013年5月13日

調査区の四周に溝を掘っているところです。
この溝は、遺跡がどのように埋まってきたかを確認するためのほか、雨水や掘ったそばからじわじわと染み出てくる湧水によって、調査区が水浸しになるのを防ぐために掘っています。
 


2013年5月2日

4月30日から重機を使って現代の耕作土を取り除いています。調査地点は河内(こうち)川の西側に広がる水田地帯の真ん中です。これからどんな発見があるのでしょうか。

画像の雲行きは、はたしてどんな調査の行く末を暗示しているのでしょうか・・・。