12月17日

2区上中段の8面の全景写真です。

縄文時代後期(約4000〜3000年前)の流路が現れました。

流路の脇からは縄文土器(下の写真)がたくさん出土しました。


12月22日で今年度の発掘調査は終了しました。今後は室内で遺物の整理などを行っていきます。新しい発見があるかもしれません。

 

 

12月11日

調査終了まであと一歩のところで今シーズン初の積雪。

土を掘る前に雪かきをしなければなりませんでした。

あ〜、つらい(T_T)

12月7日

1区2面の全景写真です。

2区で見つかった中世の溝の延長部分や田んぼの水路として使われたと思われる溝3条を確認することができました。

写真では調査区内に平行した溝が何本もあるように見えますが、実はこれ・・・「重機のキャタピラの跡」なんです。圃場整備(田んぼの区画整理)のときにできたものです。重機の重さで田んぼのゆるい土壌がぐにゃぐにゃに変形してしまったのです。 

11月22日

2区上中段の7面(縄文時代終わり頃)の写真を撮影しました。調査区中央には大きな流路が流れています。

写真左手前のやや黒っぽい土の中から縄文土器がちらほら見つかりました。

11月19日

写真撮影ポイントである調査区南西側の丘陵。この日はなんとイノシシの足跡を見つけました。昨晩、食べ物を探しに、この付近まで来たのでしょうか?

 
11月8日

今日は絶好の撮影日和。調査区全体を撮影するために、高所作業車を使って、かなり上から写真を撮ります。

高所恐怖症の人はちょっと大変です。

10月24日

1区の調査に着手し、表土を重機で掘り下げました。現代の田んぼのあぜに沿って暗渠(あんきょ:地中を通る排水路)が多数見つかりました。
 
 
10月19日

砂や小石をいっぱい含んだ固い地面を掘って作った小さな溝。この中から完全な形の小さな壺が出土しました。

丸い胴体に小さな台が付くという面白い形をしています。

10月11日

溝の中の木組みは、図面などの記録を取りながら、1本ずつ取り上げていきます。

一番底に近い部分から、古墳時代の建物に使われたと思われる木材が出土しました。
 
 
9月25日

2区上中段の3面(弥生時代終わり頃)の様子です。

浅い流路が調査区中央を流れていました。その下は黒く色が変色しています。これはその下の面にさらに流路があることを示しています。

9月21日

溝の中を掘り下げていくと、杭と板の構造物が姿を現しました。その下からは縦横に組んだ木が出てきました。

古墳時代の護岸工事の痕跡です。
 
 
9月4日

地面の掘り下げをしている途中で木の板が出土しました。

取り上げてよく観察してみると、古墳時代の桶(おけ)の破片だということがわかりました。

8月28日

2区の下段を先行して調査しています。

写真は5面(弥生時代はじめ頃)の状況です。蛇行する大きな流路が調査区の下に存在していたことがわかりました。
 
 
8月17日

お盆休み明けの一コマ。

調査区の周囲の溝を深く掘り下げて、さらに下の地層の様子を探っていきます。

まだまだ炎天下での作業が続きます。 

8月6日

 地面を丁寧に削っていくと、小さな穴(ピット)がいくつも見つかりました。大きさから考えて、杭などを差した痕跡だと思われます。

7月27日

 調査区北半で平行する2本の水路を検出したことを以前報告しましたが、調査区南半でもそれにつながる水路を検出しました。

 他にも東側の丘陵に沿うようにのびる溝が見つかりました。溝の中からは古墳時代の土器が出土しました。 
 
7月23日

 写真は板材をきれいに検出した状況です。
土の堆積状況から、流路は埋まっていて、湿地のような状態だったと考えられます。

 当時の人たちが湿地の上を渡りやすくするために置いたものでしょうか。
 
   
7月20日

 調査区内を蛇行する流路の中から板材が出土しました。

 丁寧に周囲の土を取り除いていくと、どうやら板材が縦にほぼまっすぐに並んでいることがわかりました。

7月17日


 調査区南半では田んぼの畦(あぜ)を検出しました。白っぽく見える部分が畦(あぜ)のあった部分です。

 田んぼが耕作されていた時期は遺物が少なく断定できませんが、古墳時代ごろと考えています。 
 
 
7月9日

 調査区北半で平行する2本の水路を検出しました。水路の中からは、古墳時代前期(約1700年前)の土師器(はじき)の壺が出土しました。水路は調査区南半に伸びているようです。 

6月28日

 良田中道遺跡はもっぱら水田として利用されていたため、土器などの遺物は非常に希少です。そんな中、突然の遺物発見に現場はざわざわ・・・

 なんと!非常に保存状態の良い古墳時代の袋状鉄斧(ふくろじょうてっぷ)が出土しました!砥石で磨いたらまだ使えるかもしれません!? 
 

6月26日


調査区の土層を観察するために面的な調査に先行して調査区の周囲に溝を掘っています。

調査区が広いため、このほかにも上段と下段の境に溝を掘削しました。
 掘削した溝の壁をきれいに削ると水平に地層が重なっている状況がよく分かります。これをもとに1層ごとに土を掘り下げながら調査を行います。

写真奥側には砂の層や植物を多く含む黒い層が厚く堆積しており、どうやら大きな流路があるようです。今後の調査に期待です。

 6月6日

溝を掘削中です。溝の周囲には牛の足跡がたくさん残っていました。

溝は田んぼに伴う水路で、中世の地層は田んぼであったと考えています。写真奥の溝は粗い砂で埋まっていました。

 6月1日

上の畦(あぜ)の続きを探しています。

田んぼの耕作土を薄く水平に削りながら下層の高い部分(畦であった部分)を探します。黄色い帯状の部分がみえてきました。

 5月30日

現代の田んぼの下には中世ごろ(室町時代?)の田んぼが存在していたことが分かりました。

黄色く帯状に見える部分は、この田んぼ(写真の黒っぽい土)の下に堆積している砂が露出している部分です。この砂の部分は田んぼの畦(あぜ)であったと考えられ、下層が削られずに残っている部分です。

 5月8日

重機による掘削がスタートしました。
現代の田んぼの土をめくると、さっそく圃場(ほじょう)整備前の暗渠が顔を出しました。

これからどんな発見があるか、楽しみです。